半田東クリニック
古橋 究一 院長

臨床経験から感じる炭酸の「血管のアンチエイジング療法」の可能性
炭酸が持つ、血管拡張効果や血流の促進が広く知られるようになるにしたがって、スキンケアやヘッドスパなど美容分野で注目されることが多くなった炭酸。ですが、もともと炭酸は「炭酸泉」として医療領域からスタートしたのです。特に近代医学の発祥地ドイツでは古くから高血圧症や心臓病の治療に取り入れられてきました。
日本でも昔から温泉を利用した「湯治」という健康法はありますが、日本の場合「炭酸泉」が非常に少ないことから、医療効果としての炭酸はこれまであまり語られることはありませんでした。
ですが、ここ数年の炭酸美容のブームで改めて炭酸が注目されたことに加え、技術の革新により人工炭酸泉が可能になったことで治療やリハビリに炭酸泉を活用する医療機関が増えてきています。
今回はそれら医療機関の一つ半田東クリニック(愛知県半田市)の院長で、バスキュラーアクセス担当医でもある古橋究一先生に同クリニックの炭酸による治療例についてお話を伺ってきました。
わずか10分で炭酸泉に浸けていた部分が真っ赤に

― 透析治療に炭酸を取り入れている古橋先生は、バスキュラーアクセス担当医でもあると伺っております。バスキュラーアクセスとは、どのような分野なのでしょうか?
古橋 ― バスキュラーアクセスとは、血液透析で患者さんと透析装置との間で血液循環を可能とする仕組みのことで、内シャント(自己静脈・人工血管)、表在化動脈、透析用カテーテルなどの総称です。
人工透析は、バスキュラーアクセスを介してポンプを使用し体外へ血液を抜き出し、余分な水分や老廃物を除去した後、再び体に戻す治療です。透析を必要とする患者さんにはなくてはならない治療ですが、週3回、体外循環装置を使って、水分、老廃物などを除去するわけですから、体に非常に負担がかかる上、治療にあたるスタッフにも高度な技術が求められる治療です。また、透析に伴う心血管合併症により、血管の石灰化、狭窄、閉塞などによる血管の障害が全身にみられます。特に下肢にも多く、そちらへの留意が必要です。
私がバスキュラーアクセスを担当する医師として目指しているのは、患者さんの心身の負担いかに減らし、透析の時間を快適に過ごせるようにするかということ。透析に炭酸泉を活用しているのも、このような理由からです。
― なぜ、炭酸泉なのでしょうか?
古橋 ― 炭酸泉には、他の温泉には無い明確な作用があることが医学的に証明されています。炭酸泉に入浴した経験がある方なら、想像がつくと思いますが炭酸泉に浸かると細かな泡が皮膚表面につきますよね?
これは、炭酸ガスが皮膚の毛穴から毛細血管に吸収されているために起こる現象で、吸収された部分は10分ほどで赤くなります。試しに、今、炭酸泉に足をつけてみませんか?
― はい、ぜひ!お願いします。
― 足を浸けた瞬間は、水温がずいぶんぬるく感じられたのですが、すぐポカポカしてきました。
古橋 ― 炭酸ガスがもっとも活性化する温度は35℃~37℃と言われているので、最初はぬるく感じかもしれません。10分経過したので、足を引き上げてみてもらえますか?
― 浸けていた部分が、真っ赤ですね!しかも、足先がじんわり暖かいです。
古橋 ― 通常の足浴と比べてもこの効果が比較的長く維持されるのも炭酸泉浴の特長です。


炭酸泉で壊死や切断を防ぐ

古橋 ― 10分程度の足浴によって炭酸泉に浸けていた部分がはっきりと紅潮していることが確認できましたね。これこそが、一時的ではありますが、血流が改善したことの証明であり、炭酸ガスの特徴そのものです。お湯だけの入浴に比べ3倍程度高い血流改善効果が得られるのです。
このように炭酸泉は、非常に高い血流改善効果と同時に血管拡張が見られるので、透析患者さんにありがちな様々な下肢症状 (牽引痛、乾燥性の湿疹や乾癬など)の改善が期待されます。
中でも効果が大きいのは、PAD(peripheral artery disease:末梢動脈疾患)といわれる透析患者さんや糖尿病患者さんに特に多くみられる病態です。PADは、手や足の血管の動脈硬化により、狭窄(血管が狭くなる)や閉塞(血管が詰まる)を起こして、血液の流れが悪くなり、手先や足先へ栄養や酸素を十分に送り届けることができなくなる病気で、手足にさまざまな虚血症状(しびれ・痛み・潰瘍、壊疽など)による障害が現れます。
透析をされている方は糖尿病を合併されている方が多く、その合併症の一つに末梢神経障害があります。これは知らず知らずに進行しており、他人に足の指を触ってもらっても何番目かわからない。内側か外側かも わからないこともあります。
また、極端な例では足裏にがびょう、くぎ、とげなどが刺さって出血をしていても気づかないこともあります。
健康な方ならこれくらいのケガなら、薬などで治るのでしょうが、透析期間の長い方、糖尿病を合併されている方は神経障害とともにPADを起こしているケースが多く、感覚が鈍いままに傷を知らず知らずのうちに作ってしまい末端組織への血流が悪いために、手足に〝潰瘍、壊疽〟をきたす状態になり、気づいた時には切断しなければならなくなることもあります。これがほんの小さな傷が治らずに感染症を起こし重篤化してしまう理由なのです。
―糖尿病の患者さんが「足や指を切断した」という話は珍しくありませんよね。それは、神経障害や血流障害が原因だったのですね。
古橋 ― 下肢は、血流不足により重症化すれば組織が壊死し、そうなれば切断しかありません。そのために血流の改善をする必要があるのですが、様々な治療法やケアが必要です。当院でも色々な施設とも連携して治療を行なっていますが、炭酸泉は当院でも行える、比較的簡便な治療です。炭酸の素晴らしいところは、このまま何もしなければおそらく近いうちに切断に至っていたであろう状態の方が、様々な治療と併せて炭酸泉の足浴を行った結果、切断を回避できた例が、当クリニックでは多数あります。



― 実際、炭酸泉をどのように治療に役立てているのかお聞かせいただけますか?
古橋 ― これは40代の透析患者さんの例ですが、この方は糖尿病からの透析左手にシャントを作製し、透析をしていましたが、指先への血流が減少することにより起こるスティール症候群という病態と、手の末梢動脈疾患の合併にてこのような壊疽を発症しました。
そこで切断を防ぐために、血流改善の手術とLDLアフェレーシスと呼ばれる悪玉コレステロールを除去する治療、そして炭酸泉の手浴。この3つの療法を併用したところ、壊疽の部分が縮小し、痛みも改善、最終的には治癒し切断をまぬがれました。
この他にも、同様の治療法で足指や大腿部からの切断を回避できたケースも含めて、炭酸による壊死や切断回避の有効率は相当高いと言っていいでしょう。
― もし、これらの方々に治療を施さなかったらどうなっていたのでしょうか?
古橋 ― おそらく、切断は免れなかったでしょうね。
―あらためて、炭酸による血流改善効果の凄さを実感しました!
「炭酸泉のおかげで透析の時間が楽しい」 と患者さんが

古橋 ― 炭酸泉による治療効果も素晴らしいのですが、リラクゼーション効果も魅力です。
本来、病院って積極的に行きたい場所ではありませんよね。
― そうですね、私は治療と聞くと「痛い」「辛い」「苦しい」といったネガティブなイメージしか湧かないです。
古橋 ― ほとんどの方がそうですよ。人によっては治療そのものがストレスになっているケースもあるわけです。どのような病気であれ、患者さんは身体にしんどさを常に抱えている上、心も不安でいっぱいです。まして、透析ともなると、時間も取られ食事制限もあったりして、QOLは下がります。
最初にお話したように、私は透析に通われる患者さんたちの健康を維持する透析医として、またバスキュラーアクセスの担当医として「患者さんの心身の負担いかに減らし、透析の時間を快適に過ごせるようにするか」を目標に掲げています。
炭酸泉を活用した療法は、まさにこの2つを実現させてくれるものなのです。
― 患者さんからの評判は上々ということですか?
古橋 ― はい。いや、それ以上かもしれません。何しろ、患者さんに「今日は、炭酸泉やりますよ」と言うと、どなたも例外なく嬉しそうにされます。「こんな治療なら毎回受けたい」とか「透析に通うのが楽しみになりました」などの言葉は、医師としてとても励まされます。
― 「透析に通うのが楽しみ」とは、心に響きますね。炭酸が治療だけでなく、心のケアにも役立っているのですね。
古橋 ― 炭酸には、まだまだ様々な可能性があると感じます。
血管に作用するということはあらゆる病気に関係するだけでなく、血管の状態の現状維持、さらにはアンチエイジングという見地からも非常に重要な意味を持つと思っています。
血管の状態を維持する、改善するといったことが「予後の改善」「健康寿命」を延ばすカギとなるのです。
これまでの臨床経験から、炭酸が「血管のアンチエイジング」に大きな可能性を秘めていることに期待し、患者さんたちの予後改善、長く健やかな毎日を過ごしていただくことに日々患者さまのために努めたいと思っております。
スキンケア症例



古橋 ― こちらは多くの透析患者さまが悩まれることの多い皮膚の変化です。
皮膚への血管の障害などにこのような皮膚の変化のために、強いかゆみ、難治性の皮膚変化を来し、不眠やイライラなどにてまた皮膚の変化が難治になり、痛みなどを訴えることも多く、患者さまはもちろん周りの私たちもなんとかしてあげたいと思う状況です。
これに対して、積極的なスキンケアの一環として炭酸泉による手浴を行ったところほんの数ヶ月でほぼ治癒安定しました。
― これほどの変化が得られたのですね。さぞかし患者さまも喜ばれたでしょうね。
古橋 ― そうですね、かゆみももちろん無くなりましたし、これまで患者さまは通院のときはかならず手袋をして来てみえましたが、その手から手袋が消えたのも、患者さまはもちろん見ているわれわれも嬉しい変化でしたね。